朱色の印影がくっきりと残る判子。その周囲に白い光がわずかに拡散しており、まるで何かが印面から滲み出しているような錯覚を覚える

以下の記録は、「戸籍台帳」という一冊の文書から回収されたものである。この文書の原本は現在所在不明。「市民総合ステーション」の廃棄書類分類箱から発見されたものとされているが、発見者自身もその存在を証言することを拒否した。\

【資料A】叔父からの遺品目録(抜粋)

「判子一つ。朱肉が沈殿している。持ち主が『自分の名にしか押すな』と言っていたので、それ以上は確認していない」

【資料B】手書きメモ(発見場所:文書下の袋内側)

三月十五日。朝六時二十三分。

生まれて初めて「自分が存在する」と錯覚した瞬間だった。

先程、戸籍の謄本を写している最中に、判子が床に落ちてしまったのである。朱肉が印面に触れ、そのまま用紙中央に押されてしまった。

見ると、謄本の右上隅に私の氏名が朱色で捺されている。「捺印者」という欄は原本では空白だったはずだ。その横には、私が生まれた日の日付と時刻まで正確に印字されていた。

私はその場ですぐに「訂正申告」をした。

【資料C】自治体窓口における記録(抜粋)

受付番号:1137-09

来訪者:本人確認済

内容報告:戸籍抄本の謄本にて、朱による捺印(氏名)が原本欄に誤記されているとする訂正届を提出。ただし窓口職員には「該当欄は空白であり、朱色は一切認められない」と返答された。写真証拠付きで再申告するよう言われたため帰庁。

来訪者から連絡なし。次回出勤予定なし。

【資料D】戸籍記録台帳からの引用(一部解読不能部分あり)

三月十六日。本日付の更新事項に記す。「氏名が朱色を帯びた人物につき、以下の対応を行った。」

· 四月九日以降は、「本人確認における在籍確認」が正常に実行されなくなった。 · 五月三日時点、当該者が記載される全書類にて朱印が現れたことを確認。 · この状態を「捺印者化」と呼称する。

なお当該者は、五月十日に姿を消した。「戸籍台帳から完全に抹消された」のであると記録されている。

【資料E】発見時における文書台帳の状態(抄録)

四月九日~六月十五日。

「捺印者化」の記録が一日も欠けず続いていること。それは、朱色に染まった者の名前が戸籍から消去される過程を記述したもののようだが、しかし次の日からまた同じ形式の朱印が別の氏名で新たに現れていることも確認された。

要するに、捺印者になった者は「消滅」するのではなく、「台帳全体の中に分散している」のである。

【資料F】回収物の裏面(さらに小さい文字で書かれた一文)

「判子を押した相手は誰も消えていない。ただ朱色に染まり、戸籍の隅へと押し潰されたのだ」というのは嘘だ。実際には…(以下読取不能)」


戸籍台帳の広角写真。ページ全体が薄い赤橙色に着色されており、無数の名前が小さく捺された印影によって埋め尽くされている様子が確認できる

この文書は「市民総合ステーション」側では記録されていないとされる。しかし発見当時の内部データには、当該台帳の撮影ファイルが存在したとされるが、現在確認できない。

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