未来から届いた口述筆記
2026年07月21日
「これは私自身が録音したものです。ただし、話す言葉は私の母語のみで、翻訳者の理解を超えています」** — A氏(資料提出者)、2026.12.3付メモ
「A氏に面接しました。言語能力は日本語が極めて低いので訳詞者を同席させましたが、彼は話し終えるたびに『日本語では言えない、意味がない』と言います」
— 調査記録冒頭(令和五年九月十三日)より*
私はある地方の言語学者助手として、A氏へのインタビュー業務に帯同することとなった。A氏は「言葉が滅びゆく」というテーマの記事を書くための取材先と紹介されただけだった。
実際はそれとは全然違った。A氏が話したのは過去の話でも未来の話でもなく——「今日のこと」を語った。ただし彼の言う「今日」が、私の知る現在よりも二十日ほど先行していたのである。
「まず最初に、テープの内容を整理しましょう。私は日本語訳をつけましたが、A氏は『意味がない』とは言っていたものの『記録する必要がある』と認めてくれました」** とB氏(担当翻訳者)は報告した。「彼の話す言葉は『ウタナイ語』と呼ばれるものです——ただしこの言語には現在形の概念がないんです」
「しかし彼の口述筆記では、過去形と未来形のみが存在する——そのうち『未来形』での語りが圧倒的に多かった」 (B氏メモより)\n
初日のインタビューでA氏は次のように語った。
「私の母の畑に火が通る。私は水をかけようとしたができない。それは『もう来ないこと』だったか? いや、まだ来ていない。だが来たのだ」。彼は言う。「未来の私がそうする——しかし過去として記録されているから、もう避けられない」。
B氏の日本語訳ではこう記される:「母の家で火災、私は阻止できなかった」。ただしB氏は別のメモ欄に「この語りは三日前に行われたもの」と書き込んでおり、実際三日後の深夜にA氏が住むアパートで火事が発生、そのアパートは建ちっぱなしであった。しかしA氏の「母」が実在するか否かも不明である。
「記録された言葉の羅列の下に、何者かによる手書き添えが書かれている——しかしB氏も私にも読むことができず」 (調査員:H氏)\n
二日目の面接でA氏は、B氏の日本語を「意味がない」と否定したあと、ウタナイ語のみで話を続けた。しかしその内容は既に昨日録音テープに記録されたのと同じ内容だった——ただし今日話した言葉は、明日起きる事件の描写を含んでいた。
A氏が最後に言ったことはこうである。
「今この部屋で私が話すとき、あなたは聞いている。だが聞き終える前に、また違う場所から同じ声が聞こえるでしょう」
— 録音テープより(令和五年九月十四日)、B氏曰く「最後の言葉はこの一言だけだった」。
この口述筆記は現在も検証中。ウタナイ語が実在する言語であるかどうか不明であり、A氏は「自分が唯一話せる最後の者」と主張する一方、実在の人物記録は一切残されていない。(令和六年三月調査継続)\n
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