マンションの壁掛け型アナログ留守番電話。中古で買ったやつだ。画面に青いLEDで「00:00」が表示される。テープはもう5年前に切れていて、入れ替えも放置していた。

ある日の深夜2時47分。

留置中だった留守電が勝手に鳴動した。機械的な「チッチッチ」という再生音。スピーカーから流れてくるのは、自分の呼吸の音だった。

正確には、自分以外の誰かの呼吸だ。

浅くて速い。恐怖で息を詰めている人間の呼吸。でもその時は誰もいなかった。

確認すると録音時間:1分32秒。テープがまだ入っていたのかと驚いて蓋を開けると、カセットテープが入っていた。新品のままで密封シールも貼ってある。ラベルには手書きで「再生しないこと」と書かれている。

翌日も同じ時刻に鳴動した。今度は00:34から開始されていた。前回と同じ呼吸音に加えて、かすかに何かを囁く声が聞こえる。日本語ではなく、抑揚のない単調な繰り返し。何度聞き返しても意味が掴めない。ただ「チッチッチ」というテープ捲りの音が途中に挟まるのが気になった——再生中ではないタイミングで捲れ音が鳴るというのは、録音時の現象としてはありえない。

三回目の夜。今回は録音を待たずに電話を取り出そうとした瞬間、相手が切った。静寂。そのあと30秒ほどで再び鳴動し、今度はフルフレーム(1分32秒)の録音が開始される。

再生した。前回と同じ呼吸音……だが今回は後ろに他の音が加わっていた。

足音を引く音。ゆっくりと近づいてくる。部屋の隅から廊下に向かって歩く音だ。やがてドアを開けるカチッという金属音。それから停止。録音終了。合計1分32秒。

翌朝、マンションの管理会社から連絡があった。「昨夜、204号室から通報がありました。留守番電話の着信連打ですね」

「通報って?」

「自動 dial-up 式のものがあるんです。一定回数連続した受信があると警察に通知が行く仕組みです。昨日は17回連続録音されてます。」

自分は何度も留守電を使い忘れていたっけ? 確認すると、留守電のLED表示は全て02:47:03で更新されていた。深夜2時47分。毎日同じ秒数。

テープを抜き出して開封したが、中身は空だった。何も録音されていないはずなのに、スピーカーからは昨日と同じ呼吸音が再生される。

テープがないのに鳴っている。

四回目の昨夜も鳴った。今回は録音しなかったが、自分では聞き逃さないようにした。02:47に「チッチッチ」が始まり——そして止まらない。再生終了のサインがない。1分32秒で終わるはずのテープが、延々と続く。呼吸音。足音。ドアが開く音。

そして次はまた別の部屋の声が聞こえた。それは自分には懐かしい声だった。子供の頃の居間から、母が笑っている声が聞こえる。だが今この家の居間に母などいない。

録音が止まることはなかったため、朝になって機械を強制的にオフにした。

その日以来、「チッチッチ」は鳴っていない。

ただ、留守電の画面だけは常に点灯したまま——17回分の受信回数を示すLEDが、消えることなく光りを放っている。

REC ● 02:47:03 COUNT: 17