自販機の路地

知人が話していた。

「自販機が、お金を返さなくなったんだよね」

知人の佐藤は、都内某所のオフィスで深夜の残業を担当する三十代半ばのサラリーマンだ。普段から不器用で、感情を表に出さないタイプだった。その佐藤が、ある日の朝、出社拒否をした。

「昨日の夜、変なものが自販機に映った」

佐藤が勤めるビルは、東京の中心部から少し外れた、オフィス街の端にある。建物の裏手に回ると、路地が見える。その路地の奥に、一台の自販機が立っていた。

「いつもは帰りにそこで缶コーヒーを買うんだけど」

佐藤は毎晩、夜中の二時頃、その自販機でコーヒーを買って飲んでいた。冷房の効きすぎたオフィスの冷たい空気から逃れるためでもあった。

「ある日、お釣りを確認しようとしたんだ」

自販機にお金を投入し、ボタンを押す。機械がカチリと音を立て、缶を落とし込む。そして、お釣りの口。

「お釣りが、出ない」

五千円を入れたら、三千円のお釣りが返ってくるはずだった。しかし、お釣りの口からは何も出てこない。

「おかしいな」

もう一度ボタンを押した。同じ結果だった。

「おかしい、おかしい」

佐藤は再度、五千円札を投入した。また同じ。お釣りが返ってこない。

「それだけならまだいい」

知人が目を丸くして言った。

「お釣りの口から、息が吹きかけてくる」

自販機のお釣りの口から、温かい息が吹きかけてくる。冷たい金属の機械から、人間のような温かい息が。

「ビルは裏口も鍵がかかってる。路地には誰もいない」

周囲を確認した。路地には佐藤一人。ビルもシャッターが降りている。

「その時、お釣りの口が、開いた」

金属の蓋が、ゆっくりと、開いた。

中からは、黒いものが、見えた。

「自販機の奥に、誰かがいる」

佐藤は背筋が凍るのを感じた。自販機は、金属の箱だ。その中に、人間が、いる。

「お釣りを、返して」

佐藤が言うと、機械の中から、低い声がした。

「お釣りは、もうない」

その夜、佐藤は走って帰った。

それから一週間、佐藤はその自販機を通りかかった。

お釣りの口は、閉まっていた。

しかし、毎日、朝になると、お釣りの口の上に、新しい缶コーヒーが、置かれている。

佐藤が買っていない、缶コーヒーが。

「昨日も、あった」

知人が言った。

「お釣りの口から、また、息が、吹きかけていた」


あなたの近くの自販機、一度、覗いてみてください。