自販機のガラスに、自分の姿が映らなかった
2026年08月20日
自販機に映らない自分
僕がその自販機を知ったのは、去年の冬のことだった。
会社を定時で上がって、深夜の街を歩いていた。
道に迷って、いつもと違う道を歩いていると、一軒のコンビニがあった。
24時間営業の小さなコンビニ。
そのコンビニの壁に、自販機が一つ取り付けられていた。
普通の自販機。ドリンクが並んでいて、ボタンを押せば出てくる。
でも、一つだけ変だった。
自販機のガラスに、自分の姿が映っていないこと。
最初の発見
その夜、僕はコンビニに入った。
店員はいなかった。セルフチェックアウトのみの店だ。
自販機の前を通りかかった時、ふとガラスに映る自分の姿を見た。
自分以外のものは全部映っている。
コンビニの看板。道路の街灯。通り過ぎる車のライト。
でも、自分はいない。
ガラスは鏡のようにはっきり映る。なのに、自分だけが映っていない。
「え?」
と思った。
何度も何度も、ガラスの前で立ち止まった。
自分以外のものは全部映っている。
自分だけ、透明だ。
二日目
次の日、また同じコンビニに行った。
自販機の前で、ガラスに自分の姿が映るかどうか、確認した。
映った。
普通に見える。自分も、ガラスに映っている。
「昨日は、何だったんだろう」
そう思って、コンビニに入った。
セルフチェックアウトで、飲み物を買って、帰った。
三日目
その夜、また自販機の前を通りかかった。
ガラスに自分の姿が映っていない。
自分以外のものは全部映っている。
コンビニの看板。道路の街灯。通り過ぎる車のライト。
自分だけ、透明だ。
でも、今回は違った。
ガラスの向こう側、自販機の中で、誰かが立っていた。
ドリンクが並んでいる棚の向こうに、人の姿がいた。
背の高い人。
顔は見えない。でも、自分を見ている。
ガラスの向こうから、手を伸ばしている。
自販機のボタンを押そうとしている。
ボタンは、全部押せないようになっている。
でも、その人は、ボタンを連打している。
ブッ、ブッ、ブッ。
自販機の警報音が鳴った。
四日目
次の日、コンビニの店員に聞いた。
「あの自販機、故障していませんか?」
店員は、不思議そうな顔をして、それから言った。
「自販機? あ、あのカップル用の自販機ですね。昔、カップルが住んでいたんです」
「カップル?」
「ええ。二人で、自販機の前でよく待ち合わせていたんです」
「でも、今は誰も住んでいないんですよね」
「ええ。二人とも、亡くなったんですよ」
「亡くなった?」
「事故です。自販機の前で待ち合わせていたんです。でも、車が突っ込んで、二人とも亡くなったんです」
「自販機の?」
「ええ。その自販機のガラスに、二人の姿が映っているんです」
「今も?」
「ええ。たまに、自販機の前を通ると、二人の姿が映っていることがあります」
「でも、自分だけ映らないんです」
店員は、少し黙って、それから言った。
「それは、あなたが見えないからですよ」
「見えない?」
「ええ。あなた、死んでいるんです」
今も映らない
今でも、自販機の前を通る。
ガラスに自分の姿が映らない。
でも、自販機の向こう側には、二人の人が立っている。
自分を見ている。
手を伸ばしている。
自販機のボタンを押している。
ブッ、ブッ、ブッ。
警報音が鳴っている。