壁の向こうの影

知人が一人暮らしを始めて三ヶ月ほど経った頃、奇妙なことに気づいたという。

東京の郊外、新築のマンションの一室に引越して来た知人は、ある夜、ふと壁の向こうから音が聞こえることに気づいた。

ゴソゴソ、ゴソゴソ。

キッチンで何かを動かす音だ。

「隣の人か」と思った。しかしその音、なぜか知人の行動と完全に同期していた。

知人が水を飲んだ瞬間、壁の向こうでもコップを置いたような音が響く。知人が歩道を歩いていると、壁の向こうでも同じリズムで足音が聞こえる。

最初は「面白いな」と笑って済ませた。

しかし二週間ほど経った頃、知人はあることに気づいたのだ。

壁の向こうの生活音が、自分よりも三秒遅れで起こっていることを。

知人が「もしもし?」と声をかけた瞬間、三秒後、壁の向こうから同じ声が返ってきた。

「もしもし?」

同じトーン。同じ高さ。同じ間隔。

知人はその夜、眠れなかったという。

次の日、知人は大家に電話をした。

「隣の住人の方と、何かお話ししたことありますか?」

大家は少し黙ってから、答えました。

「そのお部屋、半年前から空室ですよ」

知人はその夜、壁に向かって言ってみた。

「誰かいますか?」

三秒後、壁の向こうから返ってきた。

「います」

知人はその夜、その場を離れたという。

しかしその後も、壁の向こうから生活音が聞こえてくるそうだ。

知人が新しい家で暮らしている今も、壁の向こうで、誰かが同じリズムで生きている。

今も、三秒遅れて。