集合洗濯室の乾燥機

僕が今のマンションに引っ越してきて、三ヶ月目だった。

一見すると特に問題のない、築八年の二階建てアパート。部屋数は十二。僕の一階は角部屋で、窓から直接庭が見える。家賃は都内にしては安く、その理由を問われたら大家さんは「洗濯室が共同だからね」と笑う。

集合洗濯室は建物の裏手にある。コンクリートの床に天井低め、蛍光灯がチカチカする。洗濯機が四台、乾燥機が二台。鍵付きのロッカーが壁沿いに並んでいる。

引っ越して一週間目、深夜の出来事だった。

たまたま洗濯物を回すのが深夜になってしまった。二台ある乾燥機の片方を立ち上がり、蓋を閉めてボタンを押す。いつものことだ。乾燥開始のブザーが鳴り、中が回り出す。

その時だった。

乾燥機の中から、小さな音が聞こえた。

カチッ、カチッ、カチッ。

洗濯物の中で金属がぶつかる音だ。コインの入れ忘れか。僕はそう思い、乾燥機の蓋を少し開けた。

中から冷たい風が吹き出した。

蓋を開けた瞬間、乾燥機の中の洗濯物すべてが、地面に落ちたように床に散らばっていた。全部乾いた状態だ。一瞬で。

「……何でだろう」

僕は俯いて洗濯物を集め始めた。その時、乾燥機の中の底に、何かが乗っているのが見えた。

白い紙切れ。

僕がピンセットで取り出すと、手書きの文字が書かれていた。

「止めて」

ただの二文字。

筆圧が強く、紙が裂けそうになっている。

僕は背筋が寒くなるのを感じた。おそらく誰かの落書きだろう。子供がいたずらしたのか。そう思い、洗濯物を集めて帰った。

次の日、また同じ時間に戻って洗濯物を干しに行った。乾燥機に再び洗濯物を入れ、蓋を閉めた。

そして待つ。

三十分後、また音がした。

カチッ、カチッ、カチッ。

乾燥機の中から、先ほどと同じ音が。

僕は乾燥機の横に回り、覗き込んだ。

乾燥機の中は空だった。

先ほどの洗濯物はすべて取り出している。それでも、乾燥機は回っている。蓋は閉まっている。中から、誰かが回しているような音がする。

僕は乾燥機の電源コードを抜いた。

音は止まらなかった。

三秒間、乾燥機は回り続けた。

その後、完全に静かになった。

僕は逃げ出した。その夜から、集合洗濯室には行っていない。洗濯物は自分の部屋で干している。

ある日、大家さんにそのことを話した。

「ええ、あの乾燥機は昔から調子が悪いんですよ。電源を抜いても回り続けることがあるって、何人かの入居者から聞きましたよ」

大家さんは、平然とした顔で言った。

「でも、大丈夫ですよ。あれはただの機械ですから」

でも、違う。

先週、ポストに入っていた手紙のことだ。

白い封筒。差出人は空白。

中身には、一枚の紙が入れられていた。

乾燥機の底に、先ほど書いたのと同じ文字が、今度は印刷体で書かれていた。

「止まらない」

そして、その下にもう一行。

「止めて」


集合住宅の洗濯室。

あなたも、もしかしたら使っているかもしれない。