集合洗濯室の乾燥機
2026年11月23日
僕が今のマンションに引っ越してきて、三ヶ月目だった。
一見すると特に問題のない、築八年の二階建てアパート。部屋数は十二。僕の一階は角部屋で、窓から直接庭が見える。家賃は都内にしては安く、その理由を問われたら大家さんは「洗濯室が共同だからね」と笑う。
集合洗濯室は建物の裏手にある。コンクリートの床に天井低め、蛍光灯がチカチカする。洗濯機が四台、乾燥機が二台。鍵付きのロッカーが壁沿いに並んでいる。
引っ越して一週間目、深夜の出来事だった。
たまたま洗濯物を回すのが深夜になってしまった。二台ある乾燥機の片方を立ち上がり、蓋を閉めてボタンを押す。いつものことだ。乾燥開始のブザーが鳴り、中が回り出す。
その時だった。
乾燥機の中から、小さな音が聞こえた。
カチッ、カチッ、カチッ。
洗濯物の中で金属がぶつかる音だ。コインの入れ忘れか。僕はそう思い、乾燥機の蓋を少し開けた。
中から冷たい風が吹き出した。
蓋を開けた瞬間、乾燥機の中の洗濯物すべてが、地面に落ちたように床に散らばっていた。全部乾いた状態だ。一瞬で。
「……何でだろう」
僕は俯いて洗濯物を集め始めた。その時、乾燥機の中の底に、何かが乗っているのが見えた。
白い紙切れ。
僕がピンセットで取り出すと、手書きの文字が書かれていた。
「止めて」
ただの二文字。
筆圧が強く、紙が裂けそうになっている。
僕は背筋が寒くなるのを感じた。おそらく誰かの落書きだろう。子供がいたずらしたのか。そう思い、洗濯物を集めて帰った。
次の日、また同じ時間に戻って洗濯物を干しに行った。乾燥機に再び洗濯物を入れ、蓋を閉めた。
そして待つ。
三十分後、また音がした。
カチッ、カチッ、カチッ。
乾燥機の中から、先ほどと同じ音が。
僕は乾燥機の横に回り、覗き込んだ。
乾燥機の中は空だった。
先ほどの洗濯物はすべて取り出している。それでも、乾燥機は回っている。蓋は閉まっている。中から、誰かが回しているような音がする。
僕は乾燥機の電源コードを抜いた。
音は止まらなかった。
三秒間、乾燥機は回り続けた。
その後、完全に静かになった。
僕は逃げ出した。その夜から、集合洗濯室には行っていない。洗濯物は自分の部屋で干している。
ある日、大家さんにそのことを話した。
「ええ、あの乾燥機は昔から調子が悪いんですよ。電源を抜いても回り続けることがあるって、何人かの入居者から聞きましたよ」
大家さんは、平然とした顔で言った。
「でも、大丈夫ですよ。あれはただの機械ですから」
でも、違う。
先週、ポストに入っていた手紙のことだ。
白い封筒。差出人は空白。
中身には、一枚の紙が入れられていた。
乾燥機の底に、先ほど書いたのと同じ文字が、今度は印刷体で書かれていた。
「止まらない」
そして、その下にもう一行。
「止めて」
集合住宅の洗濯室。
あなたも、もしかしたら使っているかもしれない。