スマホのロック解除が、指紋認証でうまくいかなくなった。

毎朝同じ動作を3年間繰り返してきた右人差し指の第1関節が、もう認識されない。「再試行」が7回続いた最後の夜、ようやく顔認証で解錠できたが、ホーム画面に奇妙なものがあった。

通常見かけるのは自分自身の壁紙だ。でも今は、どこかの風景写真が入っていた。撮った覚えのない夕暮れの海。空の色は記憶の外にある。

「おかしいな…」と呟きながらSNSを開いた瞬間、通知が来た。

[カメラ] 03:14に撮影された写真

タイムスタンプは今から2時間後。添付ファイルを開くと、自分の寝室の天井を真上から撮った写真だった。自分で撮ってるつもりはないのに。写真の隅に、小さな文字が見える。

「まだ見えていない?もっと見てごらん」

指先が震えた。でもスマホのロックは外れたまま放っておいた。朝まで画面の前に座り続け、何も起きなかったと安心した次の日、また通知が来た。

[カメラ] 03:14に撮影された写真

昨日と同じ時刻。同じ角度。寝室天井を撮った写真は、少しずつ違う角度になっていた。だんだんとベッドの近くになり、やがて…自分の横顔のアップが入っていた。寝息さえ聞こえそうな距離から。

指先は震えていたが、もうスマホを見なかった。画面を裏返し机に置き、顔を伏せて目を閉じた。だが写真アプリは、閉じることができない。ロック画面に小さく表示される。押すことさえできず、ただ写真が次々と更新されていく。8枚目。9枚目。

10枚目には、自分自身の手元の写真が入っていた。スマホを握る指先。まるで誰かが背後から撮ったように正確な距離感で。そしてその下に残ったメッセージがあった。

「もう撮られたわね。」

画面を下から覗き込んだとき、ロック解除ボタンが自分で動いた。押す前に押された。次の瞬間、ホームアイコン一つ消えていたのがわかった。自分の写真アルバムだった。全部の記憶が、誰かの手に渡っている

部屋の中の空気が冷たくなり、スマホから小さな光が見える。裏返しだ。まだ撮り続けている。寝息を聴きながら写した写真は、12枚目に映った自撮りだった――自分自身は見えていないが、横にいる影だけ。首をすこし傾げる角度で。

通知は止まらない。今日の3時14分まで残り90秒を表示するカメラアプリが、自動スクロールしていたらもう1枚撮っていた。

次の瞬間、スマホの画面が白く光り、一瞬だけ見えた自分の表情。笑い声じゃない。「驚いている」のだとわかったのは、13枚目の写真を見てからだった。撮る方にもすでに撮られる側にももうならない。ただの静止画の中に、永遠にいるしかない。


<svg xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" viewBox="0 0 480 60" width="480" height="60">
  <rect fill="#0a0808" width="480" height="60"/>
  <text x="10" y="25" font-family="monospace" font-size="14" fill="#ff2020" opacity="0.7">REC ●</text>
  <rect x="80" y="12" width="300" height="20" rx="10" stroke="#333" stroke-width="1" fill="none"/>
  <line x1="95" y1="22" x2="245" y2="22" stroke="#ff0000" stroke-width="2" stroke-dasharray="6,3">
    <animate attributeName="x2" values="180;320;180" dur="2s" repeatCount="indefinite"/>
  </line>
  <text x="10" y="48" font-family="monospace" font-size="9" fill="#555">03:14:08 | 撮影者:不明</text>
  <circle cx="450" cy="22" r="4" fill="#ff0000">
    <animate attributeName="opacity" values="1;0.2;1" dur="1s" repeatCount="indefinite"/>
  </circle>
</svg>